~ 当事者研究とは -当事者研究の理念と構成- ~
向谷地生良(北海道医療大学、浦河べてるの家)

● 当事者研究とは
「当事者研究」は、北海道浦河町における「べてるの家」をはじめとする起業をベースとした統合失調症などをかかえた当事者活動や暮らしの中から生まれ育ってきたエンパワメント・アプローチであり、当事者の生活経験の蓄積から生まれた自助-自分を助け、励まし、活かす-と自治(自己治療・自己統治)のツールである。
当事者研究では、当事者がかかえる固有の生きづらさ-見極めや対処が難しいさまざまな圧迫感(幻覚や妄想を含む)、不快なできごとや感覚(臭いや味、まわりの発する音や声など)、その他の身体の不調や症状、薬との付き合い方などの他、家族・仲間・職場における人間関係にかかわる苦労、日常生活とかかわりの深い制度やサービスの活用レベルまで、そこから生じるジレンマや葛藤を、自分の”大切な苦労”と捉えるところに特徴がある。そして、その中から生きやすさに向けた「研究テーマ」を見出し、その出来事や経験の背景にある前向きな意味や可能性、パターン等を見極め、仲間や関係者の経験も取り入れながら、自分らしいユニークな発想で、その人に合った“自助-自分の助け方”や理解を創造していくプロセスを重んじる。

①当事者研究とは、統合失調症などを持ちながら地域で暮らす当事者の生活経験から生まれた自助-自分を助け、励まし、活かす-のプログラムである。そこで大切にされていることは、当事者自身が生活していく中で出会うさまざまな「苦労の主人公」になることである。
精神障害をかかえた人たちの困難とは、精神疾患による直接的な苦痛や辛さではなく、当事者自身と、当事者を取り巻く人間関係も含めた内的外的な環境によってもたらされる部分の方が大きい。その典型が、過剰な保護や管理、過剰な投薬であり、当事者自身のニーズよりも、周囲のリスクの軽減を重んじるかかわりが中心となり、結果として長期入院をもたらす要因となってきた。そのような中で、浦河の回復者クラブ活動は、70年代の自立生活運動の伝統を受け継ぎ、他者に管理、保護される暮らしよりも、むしろ一人の人間としての正当なリスクを求めることを重んじてきた。 そして、このような人生観は、遡るならば、フランクルの実存分析でいうところの「苦悩の意味-苦悩において成熟し、苦悩において成長するのであり、苦悩はわれわれをより豊かに且つ強力にしてくれる-」にも通じるものがある。

②当事者研究ではどんなに困難な状況にあっても、その場と自分や仲間の経験の中に、困難を解消する「知恵が眠っている」と考える。
これは、北海道浦河における精神保健福祉活動が、当事者や町民有志による地域活動拠点べてるの家(1984年設立)を生み出した回復者クラブ活動をベースとして培われてきたことと無縁ではない。今から、三十年以上も前のことである。社会資源に乏しく、地域支援体制も整わないなかで、あったもっとも重要な資源は、当事者の“体験”という貴重な資源であった。その体験を持ちより、語り合う中で、体験は「経験」へと昇華されるのである。
 
③当事者がかかえる様々な生きづらさ(見極めや対処が難しい圧迫や不快なできごと、症状や薬との付き合い方、家族・仲間・職場における人間関係、仕事上の苦労)や、固有の経験等を研究の素材にする。
当事者研究における研究の素材は、私たちの身近な生活経験の中に、それこそ無尽蔵にある。自分自身で背負いきれないと思ってきた苦労や生きづらさでも、「研究」という担い方を志した時、それは興味や関心となって、不思議と持ちやすいものになる。しかも、当事者研究で大切なのは、「自分自身で、ともに」というスローガンにあるように、仲間や関係者との連帯がカギとなる。この連帯のイメージは、「語ること」を重んじてきたべてるの伝統と、当事者研究が認知行動療法であるSST(生活技能訓練)のプログラムの展開から、発展的に生まれてきたことと無縁ではない。後者でいえば、共同的実証主義の立場が反映されていると言え、さらには、統合失調症などをかかえる当事者を「自分の専門家」ととらえ、適切な自己対処の在り方を、模索していく姿勢も、それに重なるものである。この辺は、ナラティブ・アプローチにおいて専門家が自分の立ち位置を「無知」に置くことと関連してくる。

④当事者自身が仲間と共に、関係者や家族と連携しながら、常識にとらわれずに「研究する」という視点に立ってワイワイガヤガヤと語り合い、時には、図(絵)や、アクションを用いて出来事や苦労のおきるパターンやしくみ、かかえる苦労や困難の背後にある意味や可能性を見出すことを重視する。
統合失調症を持つ人は、病識を持ちにくいと言われる。その中で、治療や援助の目標は、幻覚や妄想と言う「主観的体験」から抜け出て、物事を客観的に見ることができるように促すことに重点が置かれ、それが困難な場合、周囲がそこから生じるリスクを軽減させる適切な保護や管理をするというのが、基本であった。しかし、当事者研究は、当事者が生きている主観的な世界と感覚を共有しながら、新しい暮らし方、生き方、のアイデアを模索することを大事にしてきた。そのような他律的な保護や管理から脱却し、自律的な試行錯誤を促す環境づくりを大切にしてきた。それは木村敏が言う「主観的な主体性」という概念にも通じるものである。当事者研究では、説明の困難な主観的な体験を共有するために、さまざまな手立てを用いる。具体的には、物に置き換えたり、図やイラストで表現したり、当事者自身を演出家として即興的に場面を再現することもある。徹底して、困難を生きている当事者の主観的な現実の生々しさを共に体験することが大切になって来る。そこでは、「自分の辛さがわかってもらえた」という実感を重んじる。その“主観的な問題意識”を共有する手立てとして「自己病名」(例:統合失調症ガンバリ型最後にガス欠タイプ)が有効である。

⑤前向きな(自律的な)試行錯誤を重ねる中で、即興的(偶然性)に生まれるユニークな理解やアイデアこそが“自分の助け方”の重要な発見につながると考える。そして、そこで見出されたユニークな理解や自分を助けるための手立てを現実の生活の中に活かすことや仲間と分かち合うことを大切にしている。
生命科学者である清水博氏は、生命のもっとも基本的な活動形態を「自己表現」と「試行錯誤」と述べている。そして、そのような生命的な試行錯誤から生まれた知恵を「リアルタイムの創出知」と呼んでいる。当事者研究は、自己表現」と「試行錯誤」という生命的な営みの中から生まれた身近で、独創的な「知」の創出と、当事者同志の分かち合いを展開の柱としている。

⑥単なる「問題解決」の方法ではなく、「問題」と思われている出来事に向き合う「態度」「とらえ方」「立ち位置」の変更や見極めを基本とし、問題が解決されないままでも、「解消」される可能性も視野に入れる。それは、自分自身の生きてきた経験と今を語る「言葉」を吟味し、育みながら、現実の生活場面の中に具体的な“振る舞い”と“つながり”を創造していく「言葉のプログラム」ということができる。
いわゆる問題は、その捉え方、抱え方によって、重さや意味を変える。例えば、主治医に「統合失調症です」と宣告された親が、医学書に記載された統合失調症の記述を読んで、絶望的な心境に陥った、という話もある。一方では、浦河で統合失調症をかかえるメンバーは、講演先で統合失調症の説明を求められた時、「統合失調症は、友達ができる病気です」と語った。同じ現実を語るのに、その語る立ち位置によって、絶望にもなり、希望にもなる。そのような「態度」「とらえ方」「立ち位置」の変更や見極めは、認知行動療法のアイデアとも通じるものがある。

⑦当事者研究は、支援者自身にとっても必要で有効なプログラムである。
 当事者研究は、決して疾患や障害を持った人のためのプログラムではない。私たちは、生活上、自分自身が直接的、間接的に影響を受ける可能性があるか、すでに影響を受けている現実に対して、責任と役割を自覚し、影響力を発揮しようとした時点で、当事者となる。その意味で、誰でも、当事者になりうる可能性の前に立たされている。そこに当事者研究が重んじる共同性の素地がある。私自身がそうであったように、当事者研究は、支援者として立たされた現実を生き抜くためのまさしく、自助のアプローチとしてはじまったとも言える。

● 当事者研究の生まれた背景
当事者研究の生まれた背景には、SSTで扱う「練習課題」を、リアリティーのある実感のこもったものにするための試行錯誤がある。感情の爆発や、電波に痛めつけられるとか、隣の部屋から嫌がらせを受けている、という訴えを一つとっても、そう簡単にSSTの練習課題として結び付けられるほど状況は単純ではない。生活感あふれる練習課題をメンバーが見出すには、それを促す環境的な側面が重要になって来る。具体的には、代理行為を廃し、メンバー自身が生活上の課題を乗り越えていくための前向きな試行錯誤を促す支援体制が必須の条件になって来る。特に練習課題は、最初は金銭の貸し借りなどの“生活問題”として表面化することが多い。そのように、いわゆる“問題”は、常にメンバー自身の成長とスキルの獲得に向けたステップとなりうる重要な機会である。それを、単純に禁止行為として、懲罰的に扱うならば、結果としてメンバーの成長動機を押しつぶすことになる。その結果、SSTのセッションの多くは「茶話会」や「話し合い」の場となり、リアリティーを喪失した形骸化したプログラムと化しているという実情があった。

その他に、SSTを導入している現場から寄せられた課題として、①単純な希望志向のアプローチが、過去の経験からの逃避的、回避的な傾向を持つメンバーに用いるのが難しいこと。②現場に定着している「相談する人」「援助する人」の二者構造を変える手立てが必要であること。③メンバーの中に、「自己対処」「回復」のイメージがないこと。④メンバー間の仲間意識の低さ。⑤人と問題の内在化があり、トラブルを起こすメンバーは「問題な人」として排除される傾向があること。特に、パーソナリティー障害を持つ人への支援に困難さを感じること。⑥メンバーが本当の気持ちを話さない。一方では、幻覚、妄想の話は聞かないというスタンスがスタッフ側にあること。⑦服薬を順守する中で持続的にかかえる幻聴や妄想を契機としたメンバー同士のトラブルへの有効な支援策が見いだせないこと。⑧メンバー自身が、かかえる生きづらさが理解できていない状況があること。 以上の事がらは、長年ソーシャルワーカーとしてSSTのリーダーを経験してきた一人として筆者自身が常に直面してきたことである。しかし、それらの課題を乗り越えるための長年の試行錯誤を通じて、SSTがメンバーの暮らしの中に大切なツールとして定着するようになる中で、見えてきたのは、以下のことである。

①“問題”の起こり方には、パターンがあること、
②爆発や不適切な行為や言動の背後にはつらい状況から抜け出そうとする当事者なりの“もがき”があること
③その“もがき”の底流には、自己表現と“つながり”への渇望があること
④表出されたニーズと当事者自身のニーズの間には乖離があること。そして、当事者自身もそれに気づいていない場合が多いこと。
⑤当事者は、五感で感じる現実と周囲の人が共有している現実とのギャップや「誤作動」に苦しんでいること
⑥当事者の多くは、将来に対する希望と生きがいを見失い、かつそれを探し求めていること

当事者研究が生まれた背景として、先にあげたような課題をこなす中で、SSTの特徴である「希望志向」だけでは、現実感のあるテーマを拾い上げることに困難があり、「前向きな問題志向」の重要性に気づいたことがあげられる。それは、過去から現在までの苦労のパターンを探ることで、より現実的で希望志向の練習課題が生まれるからである。

● 当事者研究のスタイル
当事者研究は、統合失調症等の精神障害を持つメンバーが、自律的に自分のかかえる生きづらさの意味とメカニズムを解明し、爆発などに変わる“新しい自分の助け方”を仲間等と共に、模索していく活動としてはじまった。それを、契機に、特にここ数年、発達障害や身体障害などをかかえる当事者や家族が、自発的に、自由な形で当事者研究をはじめ、それを公開し反響を呼んでいる。そこで、いままでに取り組まれた当事者研究の研究スタイルを分類すると次のようになる。

①かかえる苦労のメカニズムやパターン、意味を解き明かし、従来の対処に変わる新しいユニークな対処方法を考案する研究スタイル。SSTやべてるにおける長年の実践の蓄積に基づいた研究スタイルで、研究事例も多い。例)「爆発のサイクルの研究」など。
 
②自らと仲間の経験や様々な領域の情報を参考にしながら、暮らしやすさ、生きやすさを実現するための新たな発想や具体的な手立てや考える。
例)「恋愛大研究-恋すれば変」、もて方の研究-もて方の傾向と対策など。

③自らの固有の体験を振り返り、観察、整理をしながら、専門家の見解や一般的な通説を乗り越えた解釈や考察を加え、有用な経験として新たな意味や可能性をさぐるスタイル。
脳性まひを持つ当事者であり医師でもある熊谷晋一郎氏の「リハビリの夜:医学書院」や綾屋紗月氏の「発達障害当事者研究:医学書院」などがある。

④その他、「研究する」という立場から、その人なりの自由な手立てと発想で自らの経験や暮らしのテーマを追求するスタイル。
最近のユニークな例は、統合失調症のメンバーが、自分が見たUFO(幻覚)の種類をタイプごとに分類し、宇宙人との会話の内容なども含めて整理して発表した例-「UFOの研究-その種類と特徴」-がある。このような体験は、なかなか語られることなく、そのようなエピソードは、病的な体験として顧みられることは少ないが、当事者研究を通じて表現の場が与えられ、そのことによって、そのメンバーは新しいつながりの機会を得るようになった。

● 当事者研究の展開
ここで、当事者研究の一般的な進め方(上記の①②)を中心に、その展開を紹介したい。
当事者研究は、「自分自身で、共に」という理念が示すように、かかえる“問題-課題”に対する共感的な関心からはじまり、共に考え、共に知恵を出しあうプロセスがもっとも重要になる。そして、見出されたアイデアを実際の暮らしの中で試み-実験-、その結果を見極め、有効な手立てについては、同じ課題をかかえている仲間と、共に分かち合うという一連の取り組みが当事者研究の特徴となっている。

<当事者研究の進められ方>
 当事者研究には、それを培ってきた理念がある。それが研究活動の土台になり進められていく。次に紹介する当事者研究の進め方を「出来事(苦労)のパターンや意味を見極める展開」に即して紹介したい。

当事者研究は、次の①から⑤の要素を押さえながら進められることが多い。

①何がどうなっているのか
繰り返し起きている出来事のパターン、起きている「問題」の意味の見極めと吟味する。「問題」の良いところや前向きな効果や意味を考える。すでに解消された「困難」や「成果」も、それがなぜ解消されたのか、どんな「自分の助け方」が発揮されたのかを取り上げることもある。この場面で、ロールプレイや、図や絵などを用いる。

②それにどう対処してきたのか
起きている「問題」をどのように受け止め、対処してきたのか。爆発や強迫的な行為も、「自分の助け方」の一つとして受け止める。

③その結果や満足度は?
ある出来事に対して取ってきた対応-例えば「爆発」-の満足度、効果を確認し、満足度が低い場合はそれに変わるあらたな手立てを一緒に探る。

④従来の「自分の助け方」にかわる「新しい自分の助け方」を検討し、具体的に、どのような手立てを、どのようなタイミングで用いればいいのかを実践する。必要な場合は、練習をする。

⑤その結果、効果を見きわめて、次の対処を考える

以上が、浦河などで多く行われている当事者研究の展開例である。ただし、上記は当事者研究の柱となる構成内容であり、手順ではないことに留意する必要がある。

● 当事者研究の可能性
 当事者研究の最大のポイントは、統合失調症等を持つ当事者自身が、自らのかかえるさまざまな生きづらさに対して、周囲の過剰な保護や管理から脱して、自律的、研究的に担い、対処をしていこうとする前向きな動機を育て、持ち続けることにある。そして、それから生まれるつながりのネットワークが、生活に張り合いを生む。当事者研究が、その展開において、「自分の中に、仲間の経験の中に、知恵がある! アイデアが眠っている! 仲間や専門家、家族と連携しながら、さあ、今日から、自分自身で、共に、研究しよう!」をスローガンに進められるのは、そのためである。

この当事者研究が成り立つためには
①人間関係への参加が自尊心を促進すること
②適切なカミング・アウトが他者へ援助を求めていくことを可能にし、孤独を取り除くこと
③当事者自身が、他者の回復(癒し)に貢献する力を持っていることの経験を促すこと
④そのためには、日常的に病気・薬物療法・対処技法・社会資源に関する情報に触れる場が用意されていること
に対する当事者自身と周囲の理解が促進され、それを整えるための努力が必要となる。

そのようにして生まれた土壌から、専門家や家族、当事者との真の連携の土台が生まれ、精神保健福祉の世界に「当事者主権」の芽が育まれる大切な契機となる。
当事者研究には、当事者の持つ経験に対する信頼と、専門家に対してはその役割に対する新しい提案がある。