多様な仲間が安全に当事者研究できるための応援体制づくり

【当事者同士でも生じる強い立場・弱い立場】

仲間と共に自分のことを研究する「当事者研究」が誕生してからもうすぐ20年になります。当事者研究はテーマ設定も研究方法も基本的に自由とされているので、その堅苦しくない気軽な雰囲気も魅力となって、いまや日本全国だけでなく海外にも広まっています。

しかし急速に当事者研究が広まる中で、その自由さや気軽さばかりが強調されたり、勘違いされたりして、問題が起き、傷つく人もまた、生まれてきました。これはとても悲しいことです。

今まで独りぼっちで生きてきた仲間同士が集まって苦労をわかちあい、「自分だけではなかった!」と思えることは、何よりの救いになることを私たちは経験してきました。

もちろん、困りごとを抱えた当事者同士の空間は、いいことばかりのユートピアではありません。トラブルもたくさん起きるので、とてもしんどい時もあります。しかしそれは、普通の社会では良くも悪くも特別扱いされていたため、人間同士の対等なトラブルを経験するチャンスを奪われてきた私たちが、ようやく人間関係の苦労を取り戻した、ということでもあります。普通の社会では誰にも相談できませんでしたが、当事者同士の空間では仲間に相談しながら、トラブルと距離を置く方法や、仲直りする方法を経験できる可能性が高まるのです。

しかし、ここで気をつけなければいけないのは、仲間同士の対等なトラブルを経験できる当事者ばかりではなく、当事者同士が集まってもなお、下に見られたり、孤立したりする人は必ず生まれてしまうということです。つまり私たちは、ジェンダー、性自認、性的指向、過去の経験、身体機能、社会経済的状況、エスニシティなど、とてもたくさんの軸において、自分の思った通りに人や場を動かす力がある「強くて安全な立場」で過ごせることもあれば、「弱くて危険な立場」におかれることもある、ということです。

当事者研究をおこなう場では、せっかく仲間同士で集まれたと思ったのに、さらに仲間外れにされたり傷つけられたりして居場所がなくなってしまう人を少しでも減らすために、こうした様々な軸で発生する力の差や、加害や被害の複雑な網の目に敏感であり続ける必要があるでしょう。また、できるだけ力の差を減らすように、その場のルールや考え方などを変えていく必要もあるでしょう。

 

【当事者研究の歴史からわかること】

では、当事者研究の場ができるだけ安全な場であり続けるために必要なことは何でしょう。

実は、当事者研究の誕生の歴史をたどると、そのヒントが見えてきます。

 

①変わらなければいけないのは当事者ではなく社会

1つは、当事者研究の誕生の背後にある「難病・障害者運動」が貫いてきた考え方です。特に障害者運動では「障害の社会モデル(以下、社会モデル)」という考え方を大切にしてきました。これは、「障害は多数派とは異なる特性をもった少数派の身体にあるのではなく、多数派中心につくられた社会の中で、少数派の身体が生きようとするときに生じるのだ」「つまり、障害をなくすために変わる必要があるのは、障害を持った少数派ではなく、多数派中心の社会環境だ」とするものです。

当事者研究は、この社会モデルの理念を受け継いでいます。そのため、当事者研究において変わることが期待されているのは、研究している本人というよりも、第一に、本人を取り巻く組織や地域社会が共有している価値観や言葉、知識です。そのことを忘れてしまうと、本来の当事者研究の理念とは正反対のことが起きてしまいます。たとえば、組織やグループの多数派の人たちが当事者研究を使って、自分たちにとって都合のいいように、その人を変化させようとしたり、反省させようとしたりすることは、当事者研究の理念とは異なっているのです(もっとも、その組織や社会の一員である本人にも、本人以外の人々と同様に、組織や地域社会が共有している価値観や言葉、知識を変えていく役割と責任が分配されていることは、心に留めておく必要があるでしょう)。

 

②支配が起きないためのわかちあい

もう1つは、当事者研究の誕生の背後にある「アルコール依存症の自助グループ」が大事にしてきた考え方です。どのような組織やグループであっても、どんなに気をつけていても、力の差を背景にした暴力やハラスメントを完全に防ぐことはできません。特に私たちは、たくさんの傷ついた経験を抱えて集まっていますので、被害と加害が複雑に入り混じります。トラブルばかり起こす人や加害行為を繰り返す人の話をよく聞いてみると、ほとんどの場合、それまでにひどい被害を受けています。自分の安全を守るために力で支配するしか方法を知らない人たちも多いのです。こうした問題を、「起こるはずのないもの」とみなすのではなく、「常に起きうるもの」であるという前提で、1人で、もしくは、1つのグループ内で、抱え込んだり解決したりしようとせず、日常的にわかちあい、組織やグループの人間関係に反映させ続けることが大切です。このような考え方も、当事者研究の中に流れこんでいるはずのものです。

 

【多様な仲間が安全に参加できる当事者研究を目指して】

この20年における当事者研究の広がりは、以上のような当事者研究の歴史を知らないグループ、支援者、当事者を増やしてきたということでもありました。その結果、当事者研究が本来、大切にしようと思っていたこととは異なるグループ運営がおこなわれ、そこで、傷ついたり、暴力を振るわれたと感じたりする仲間が生まれてしまっています。

そこで当事者研究ネットワークでは現在、そのような傷つきを抱えた団体、支援者、当事者が相談できる仕組みとして、以下の3つを立ち上げようとしています。

 

1.第三者からなるチームが事実関係を調査し、必要性が認められた場合には、組織変革を通じた修復を目指す仕組みの構築

2.当事者研究ネットワークに登録している各グループが、それぞれの独自の知恵の蓄積を持ち寄って、互いに紹介しあう体制づくり

3.当事者研究の背景にある歴史や理念、力の差に敏感な組織運営を学ぶ講義やワークショップの提供

こうした方法が、果たして私たちにピッタリくるのかどうかも含めて、検討していく予定です。

 

令和2年6月10日

綾屋紗月(おとえもじて・東京大学)
池松麻穂(社会福祉法人浦河べてるの家)
上岡陽江(NPO法人ダルク女性ハウス・東京大学)
熊谷晋一郎(東京大学)
向谷地生良(社会福祉法人浦河べてるの家・北海道医療大学)
向谷地宣明(NPO法人BASE・株式会社MCMedian)
唯なおみ(NPO法人ダルク女性ハウス・東京大学)