「きらわれ幻聴さんとのつきあい方の研究」

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「きらわれ幻聴さんとのつきあい方の研究」

森 紀子

○はじめに

私は、統合失調症を持ちながら関西で暮らし、縁あって二年前に浦河に来ました。浦河に来てもずっと幻聴さんとのつきあいに苦労していたので、皆の応援を借りて研究を開始しました。

 

○苦労のプロフィール

私の自己病名は、「統合失調症きらわれモード型声ヘリウムタイプ」です。

統合失調症で幻聴さんが人の声や物の音に幻聴さんが乗り移ってしまい、ヘリウムガスを吸ったように声や音が変わります。その声はとても冷たくて、いじめられているような感覚に襲われ、いつも孤独でとてもつらくなります。

私は関西で生まれ育ち、四人家族で育ちました。小さい頃は活発な子どもで、友達もたくさんいて、小・中学校はそれなりに楽しい学校生活を過ごしていたと思います。高校に入学して二年生までは勉強も友だちとの関係も順調でした。しかし、三年生になり、クラス替えで仲のよい友だちと離れ、なかなかなじめなくていつも一人でいることが多くなり、大学受験のときに、まわりの人の声や視線が気になり、空から「死ね、死ね」という声がずっと聴こえて止まらなくなり、精神科を受診しました。

それから、まわりの人からきらわれている感覚が止まらず、外や学校に行くのが怖くなり、行けなくなりました。休んでいても「高校に荷物があるから取りに行きなさい」、「浅野ゆう子さんから荷物が届いている」と命令され、母に止められても一心不乱になって探し続けました。先生のせきばらいや戸を閉める音が、監視されていると思い、授業中も幻聴さんが耳元でささやいて頭がいっぱいになって、成績も下がっていきました。通学中の電車でもお客さんに何か言われている声が聞こえてつらかったのですが、それでも通いました。

卒業後、バイトをしながら短大に通いました。毎日幻聴は聴こえていましたが、通っているうちに友達ができ、病気のことも少し話せるようになって楽しく過ごせました。その後は、医療事務の仕事に就きましたが、幻聴さんの影響で仕事中に話せなくなりながらも何とか五年間働きました。その頃、恋人とも順調に交際していたのですが、景色やものを「きれいだね」と言われても、きれいに見えなかったり、言葉の表現がわからなくなり、共に何かをわかち合うことができなくなってしまいました。結婚も考えていたのですが、幻聴さんが私と彼の間に割り込んできて、私の幸せをことごとくつぶしていくように思えて苦しくなり、なぜか誰かを好きになるたびに、幻聴さんがいじわるをして変な方向にいってしまうことをくり返していました。

縁があって浦河に住むことになり、外来やデイケアに通いだして仲間が少しずつできましたが、噂されているのは消えませんでした。しかし、スタッフや仲間に助けられながら、去年くらいからべてるに通い、今は発送チームで商品の梱包や、カフェぶらぶらでウエイトレスをしています。

 

○研究の目的

なぜか、いつもまわりの声がヘリウムガスを吸ったときのように変わってしまう感覚、いじめられる感覚が、どうしてずっとこんなに続くのかを知りたいと思ったこと、そしてその幻聴さんとのつきあい方をさがしたいと思い、研究を始めました。

 

○研究の方法

デイケアやニューべてるで行っている当事者研究ミーティングに参加して,皆のなかで情報公開をし、自分でノートに書いて一人で研究をしてまとめていきました。

 

○研究の内容

<きらわれ幻聴さんの苦労のパターン>

まず、今までの苦労のサイクルをノートに書いて、仲間と一緒に整理しました。

私はいつも、誰かと話しているときに幻聴さんが人ののどに乗り移ってしまい、その人の声がヘリウムガスを吸ったように変わってしまいます。すると,今までやさしかった人の声が急に冷たく「どす」の聞いた声や高い声のように変わり、冷たくなって目つきも鋭く変わっていきます。

外へ出ても、車の音や電車のエアコンから人の悪口が聞こえ、空から幻聴さんがふってきて「死ね!死ね!」と叫んできます。他にも鼻から死人の悪臭がしたり、目がつりあがったりする現象に苦しんでいます。

あとは楽しい気持ちや感動したことがわからくなり、皆の話が頭に入らなくなって、冷たくされて、一人ぼっちにされていると感じて悲しくなります。

それに対する今までの対処を,整理してみました。

表のように、きらわれ幻聴さんに対してひたすらじっとがまんしたり、つらくなって「あっち行け!!」と叫んだりすると、声が倍になって大きくなります。さらには、なんとかするために物にあたったり、親や自分に暴力をふるったり、泣き叫んで爆発して家族が必死で止めていました。少しすっきりしますが、後から家族に対する罪悪感でいっぱいになってしまいます。

携帯や物を壊すとお金もかかるので金欠になり、しばらくはがまんして耐えます。でも、またまわりの人からきらわれていると感じてしまうというサイクルを、地元でも浦河に来てもしばらくくり返していました。

 

○新しい助け方 きらわれ幻聴対策

デイケアやべてるに通うようになって、仲間もできて少しずつ苦労も話せるようになってきたのですが、それでもいつも皆といてもきらわれ幻聴さんはやってきて、そのたびに「自分は皆にきらわれているんだ」と一人ぼっちになっていました。

そこで、当事者研究ミーティングで助け方を皆と考えました。

①仲間カード
皆が書いてくれた応援のメッセージカードを自宅で見てから動いてみました。目で見ることできらわれ幻聴に対して,「きらわれていない」と安心してべてるにも通えるようになりました。

②幻聴さんにお願いしてみる
朝起きて一番に、「幻聴さんおはようございます。今日もべてるに一緒に行きましょう。よろしくお願いします」と頼んでみる練習をしました。でかける前に幻聴さんに話しかけることで,自分からコミュニケーションが取れるようになり、ていねいにお願いすると幻聴さんもやさしく答えてくれて、目も上がりませんでした。お願いを忘れると必ず目が上がったので、忘れたときはその場で再度お願いしました。すると幻聴さんが、「さびしかったよ」と言ってくれました。目がつり上がったとき、声が変わったときも活用しています。

③大好き作戦
きらわれ幻聴さんが来ると,皆の声が変わって冷たくされるので、皆にきらわれている感覚に襲われ,皆のことが大きらいになります。でも大きらいなときこそ思い切って「大好きだよ」と言ってみました。すると幻聴さんが、「参った」と言って消えていきました。

④確認してみる
きらわれ幻聴さんが来たときに、仲間に確認してみました。実際は、誰も私のことをきらってはいなくて、幻聴さんにジャックされていたことがわかりました。それでもまた来るので、その都度確認することで、仲間とコミュニケーションがとれて少しずつ安心していきました。

⑤たこさんツボ押し
幻聴さんが強くなったときや頭がブチブチして苦しいときに、仲間がくれたタコ型のツボ押しを使ってマッサージすると、頭のブチブチが少しよくなりました。最近は特に仲間が押してくれたときに効果がありました。

⑥幻聴さんを「売る」
幻聴さんがひどくなって、「カフェぶら」から泣いて帰ってきました。そこで皆で研究して、試しに幻聴さんを「一匹一〇〇円」で仲間に売りました。買ってもらった分だけ幻聴さんを頭から抜いて、食べてもらいます。そして、お金の代わりに握手をすることでだいぶ楽になりました。特に、一番効くのは幻聴さんをまとめ買いしてもらうことです。

 

○まとめ

当事者研究を始めて、きらわれ幻聴さんはあいかわらずなくならないけど、いろいろなことを試しているうちに対処法が少しずつわかってきました。また、今まではきらわれモードになると自分だけ孤独な気がしていましたが、対処法をいろいろな人に協力してもらうことで、皆とのコミュニケーションにもつながって少しずつ安心感が増えてきました。

最近は、皆の前で研究を話すことが増えて、先日講演デビューしましたが、順調に幻聴さんもたくさん来ました。つらくなるときも多いですが、私の研究を聞いた仲間が希望と勇気をもらったと言ってくれてうれしかったです。今後も研究を続けながら同じ苦労を持つ仲間とつながり、講演にも行けたらいいなと思います。