「緊張爆発&罵声いじめ現象」の研究
池松靖博
○はじめに
僕は統合失調症で、周囲から罵声をあびせられる「いじめ圧迫」に昔から苦労してきました。
人が多くなるとひどくなって、昔のつらかった場面もよみがえり、その場にいられなくなり、体中が触られて締めつけられている感覚になります。
そんなときに通っていた作業所のスタッフから、べてるの本を紹介されて当事者研究を知りました。それがきっかけになり四年前に当事者研究を始めました。
○苦労のプロフィール
僕の自己病名は「統合疾走症過去依存タイムトラベル型フリーズ&フラッシュバックタイプ」です。
この自己病名は、罵声をあびて自分がつらい状態になると、過去の自分と今の自分を比較して、昔のことがよみがえってきて、それにこだわり固まってしまうことから考えました。
僕は熊本出身で、子どものころから勉強も人づきあいも一生懸命がんばっていました。
中学二年生のとき同級生から〝いじめ〟を受けるようになりました。今思うと、それが今の苦労の始まりでした。
それでも何とか卒業しました。ものをつくるのが好きで,工業関係の学校に進学し、電子工学やコンピューターの勉強だけで精一杯になってきて、同級生とまた関係が悪くなりました。
それでも三年間休まずに卒業し、お菓子の問屋に就職して、発注などの仕事をしていましたがやめました。そのとき、親から「お前は身体が弱いから、自衛隊にいって根性を叩き直してこい」と言われ、二〇歳のときに自衛隊に入隊しました。
入ったものの、規律がきびしい訓練についていけず、いつも怒られたり、時には殴られることもあり、きびしい男社会になじめませんでした。
そんなときにケガをしてしまい、だんだんと我慢していたものがたまってきて、ある日突然発狂してスコップを持って暴れてしまい、ストレスと過労で病院に入院しました。
半年くらい入院して、自衛隊に残るか地元に帰るかの決断を迫られ、約一年で退職して熊本に戻りました。
実家に帰ってからも体調を崩し、23歳のときに家のなかで「お前が悪い」という声が聞こえてきてつらくなり、精神科を受診して、統合失調症と診断されました。
それからデイケアに通いましたが、そこにもしばらくすると通えなくなり、働ける作業所を探して七年間お好み焼き屋でがんばって働いていましたが、いつも気づくと「まわりの人たちから怒られる」、「人からいじめられる」感覚に襲われて、だんだん人間関係が悪くなり,デイケアや作業所に通えなくなるということが続きました。
自立を目標にひとり暮らしを始めましたが、そのうち「のぞかれているんじゃないか」、「生活を邪魔されている」という感覚が強くなってスタッフとの関係がぎくしゃくしてきました。
そのうち言い合いになったり大事なものが壊れたりと、いろいろとうまくいかないことが続き、怒りの感情のコントロールができなくなって、ある日作業所に包丁を持ってどなりこみに行って、入院しました。
退院後、また作業所に通えなくなり、気持ちを切り替えようと別のデイケアに通っても長く続かず、三度作業所を変わって居場所を転々とし、苦労の末にたどり着いたのが浦河でした。
現在は、べてるで昆布作業などをしながら、今までの苦労の研究を仲間と進めています。
○研究の目的
本当は安心して人とつながっていけるようになりたいと思っているのに、いつも誰かに怒られ、いじめられるようになって関係が悪化してしまいます。すると、よけいに過去のつらかった思い出がどうしてもよみがえってきて、今の現実と重なって圧迫を感じたり、常に誰かに怒られているような感覚に苦労していたので、どうやったら人との距離を保ちながら安心してつながれるのかを研究したいと思いました。
○研究の方法
困ったとき、爆発したときに自分に何が起きていたのか,電話で仲間に相談しながら皆にアドバイスをもらって進めました。
さらには、実際に昆布の仕事場面で起きる「罵声現象」をみんなで観察しました。
○研究の内容―苦労のサイクル
①「緊張爆発」現象
まず、苦労のサイクル、パターンのみきわめ作業をしました。
僕は自分が苦手だなと感じる人ができると、変に緊張してきて「お前はだめなやつだ」、「なんでそんなこともできないんだ」というマイナスのお客さんがやってきて、過去のいじめられたり、怖かった記憶がよみがえってきて圧迫が強くなります。するとその場にいられなくなり、自分の助け方として、その場から離れて家に帰ったり、水を飲んで少し自分を落ち着かせようと休憩します。
それでも、だんだん頭痛や吐き気などが出てきて、身体が固まりパニックになって動けなくなります。
休むと一時的によくなるので、よくなった後にまたがんばろうとするのですが、我慢がたまると相手のことを許せないという怒りの感情が強くなります。そうすると、落ちこんでうつ状態になるか、怒りを感じる人のいる所で,イスやまわりにある物をぶん投げたり、大声でどなったり,徹底的にその人に攻撃をする「メガトン爆発」をしてしまいます。
爆発しているときは、一時的にマイナスのお客さんや過去の記憶も忘れたり、考えないでいられたのかもしれません。一時的にはスッキリしますが、その後に後悔と、もやもやした気持ちが残ります。また、爆発の後は入院するか、薬が増えてまわりの人からの評判も悪くなるので、人との関係が壊れて居場所がなくなり、人とも関係が切れてしまいます。
今までも、このサイクルをずっとくり返してきましたことがわかりました。
②「罵声」現象
浦河に来てから、最初は仲間ができて毎日楽しく過ごしていました。
でもだんだん一部の人から,昆布作業中や話をしているときに「罵声」をあびていじめられていると感じる「いじめられ現象」が予定通りに起きてきました。これは、どこでも起きてきた現象です。
すると、日に日に作業に行きづらくなり、ケガをきっかけに「どうして痛いのに昆布作業をやらなくちゃいけないんだろう」という思いが強くなり、どんどん休みがちになりました。
その後、昆布作業から離れてオリエンテーションやカフェの清掃の仕事に参加しましたが、やはり誰かから大声で責められるように感じる現象が続いて皆のなかにいられなくなり、その場から逃げて離れることで自分を守っていました。
僕は、このパターンをずっとくり返してきたのです。
○新しい「自分の助け方」の開発
①「なつひさお」チェック
爆発は副作用も強いので、新しい自分の助け方を考えようといろいろ試してみました。
一番効果があったのが仲間の先行研究で出ていた「な・つ・ひ・さ・おチェック」(悩んでいる・疲れている・ひま・さみしい・お腹が空いてる/お金がない/お薬をのんでないときに病気の苦労が強くなる)でした。
困ったときや夜寝る前にチェックすることで、どんなときにマイナスのお客さんや過去の圧迫がきやすいのか、どんな気持ちになりやすいのかがわかりやすくなってきました。
悩みがあるときや疲れている・さみしいとき、特にお金がなくて金欠なときに、だいたいマイナスのお客さんがきたり、爆発しやすくなることがわかりました。
そこで、お金の使い方が上手になるために、浦河で人気の「権利擁護サービス」を使うことにしました。さらには、仲間に情報公開する自分の苦労に気づくことで、前よりも人との関係が密になりました。
②誤作動確認サイン
「罵声いじめ現象」が起きたとき、そこで決心して、当事者研究MT(ミーティング)で思い切って皆に相談してその場を再現する実験をし、みんなと一緒に研究してみると、不思議なことに一緒に作業している仲間は誰もその罵声に気づいていなかったことがわかりました。
でも、僕にはいつも罵声が聞こえていたので「もしかしたら〝誤作動”かもしれない」と気がつきました。
そこで、作業中に罵声がきたら、一緒に作業している仲間に「今、どなられたんだけど、聞こえた?」と確認して、そっとサインを出してみる作戦を試してみました。すると、僕に聞こえた罵声は皆にはまったく聞こえておらず、「誤作動だよ。だいじょうぶだよ」という仲間の声で安心しました。
まだ今も現実に起きていることと、誤作動のみきわめはすごくむずしいのですが、毎日、「罵声いじめ現象」の圧迫がきたときに、まわりの仲間にサインを出したり、確認することで少しずつ安心が増えてきて、作業にも徐々に参加し始めました。
○まとめ
研究をはじめて自分が何に苦労しているのかが少しずつみえてきました。
また、お金の苦労もテーマで、気づくとお金に羽が生えたようになくなり、「お金がなくなると人生が終わってしまうのではないか」という不安に襲われて苦労しています。
今後は同じ苦労をしている仲間と一緒に「お金の〝減少”学」も研究をしていきたいです。