「多飲水の苦労のメカニズム」の研究 -地域で仲間と暮らす中で-
佐藤太一
○はじめに
僕は「多飲水」といって、強迫的に水を飲みすぎる状態に苦労しています。
自分だけの力では飲水のコントロールがむずかしくて、その結果、電解質バランスが崩れ、低体温、むくみ、頭痛などさまざまな症状が起こり、意識ももうろうとなり,入院をくり返してきました。
入院中はスタッフの力で水から遠ざけてもらい、やっと自分を守れる状態ですが、退院した後も抑制のブレーキは壊れたままなので、僕はまた水道の蛇口の前に行って水飲みを再開してしまいます。
僕は病気になってから家族関係も悪くなり、現在は実家を離れて仲間と一緒にべてるのグループホームで生活しています。そこで、病院とは違う自由な地域の中で、自分の命を守りながら安心して生活をするにはどうしたらよいのかを探るために、研究を始めました。
○苦労のプロフィール
僕は北海道の新冠町で生まれました。
自己病名は「統合失調症無人島漂着タイプ」で、誰もいない無人島で暮らしている孤独感から考えたものです。 僕は、地元の中学を卒業後、札幌の高校に入学して寮生活をしました。在学中に周囲から笑われたり怒られたりしている感じになり、幻聴も聞こえ始め、寮の部屋でじっとしていられなくなりました。それでも何とか卒業はできましたが、大学受験に失敗、結局地元に戻りました。
地元に戻った後、幻聴さんにジャックされ自宅でひきこもるようになり、特に弟と祖母に暴力をふるってしまい、絶縁状態になり、23歳で初めて精神科に入院をしました。
退院後も、いつも幻聴さんにふり回され、仲間をつくることもむずかしく、その結果,数々の問題が起きてしまいました。
〈その1〉アパートボヤ事件
初めて退院して浦河でアパート暮らしを始めましたが、浦河で生活する意味を見出せずむなしくなり、昼間にすることもなく、服薬もできずにタバコの不始末でボヤを起こして再入院しました。
〈その2〉地元逃亡事件
2回目の退院後は、グループホームべてる(浦河教会の旧会堂)に入居し、早坂潔さんや佐々木実さん等の仲間たちとの生活が始まりましたが、やはりむなしさは消えず、実家に帰りたくなり、誰にも言わずに夕方に50キロ以上離れた実家に向かいました。
時間的にも実家に行く公共交通機関はなく、捜索願が出され、翌朝おまわりさんに保護されました。
〈その3〉シケモク拾い事件
ますます人生のむなしさは増し、むなしさに比例してタバコの量も増え、慢性的な金欠状態におちいりました。
そこで、とったのがシケモク拾いでした。
シケモクを吸うと一時的にイライラがおさまるのですが、すぐにまたイライラはやってくるため、朝から晩までシケモクを探しに町内を歩き回りました。
〈その4〉多飲水事件
この頃から〝暇疲れ〟を防ぐために、べてるの仕事に行くようになりました。
しかし、仕事には集中できず、タバコの吸い過ぎと水飲みが止まらなくなり、結果として水飲みで電解質バランスを崩し、入院もしました。
○研究の目的・方法
自分の苦労のメカニズムがわかって、地域で安心して生活できるようになることが研究の目的です。べてるの当事者研究ミーティング、SST(社会生活技能訓練)、グループホームのミーティングで自分の苦労をあげて、「何が起きているのか」と水飲み等についてデータを収集し、毎日チェックシートを使って記録をしました。
そして、新しい対処方法を仲間と考え実践しました。
○苦労の内容と新しい自分の助け方
●家族との和解
今までは、誰にも言わずに実家に帰ろうとしていましたが、仲間と一緒に実家に遊びにいくことにしました。
そこでまず母親に、今までの苦労をねぎらい、実家で爆発をしていたことをあやまる練習をしました。
母は泣いて喜んでくれて、今は祖母や弟、妹との和解についても計画を立てています。
●「多飲水」についての情報収集
水飲みについて、仲間とミーティングを開き勉強をしました。
「多飲水」とは、1日3リットル以上飲むことによって身体の中の水分量が増え、体調に異変が起きることだとわかりました。
その結果血液が薄くなり、低ナトリウム血症が起こったり、脳がむくんで頭痛がしたり、イライラしたり、意識を失うこと、胃腸のむくみで吐いてしまうこと、尿の量が増えること、心臓もむくんで心不全が起きやすくなること等の症状があると知りました。
●そそのかし幻聴さんとの対応
研究の結果、「多飲水」のきっかけとなっているのは、僕の場合,幻聴さん(ピカチューに似ているので「ウラチュー」と命名)の“水を飲め!”という命令だったことがわかりました。
今までは、イライラは疲れや口の渇きや頭痛によって起きるものと説明されていました。
そこで仲間からアイデアをもらい、幻聴さんに丁重に、「水を飲みすぎると危ないので、今日はやめときます」という練習をSSTでしました。すると、幻聴さんがおとなしくなることを発見しました。
特に暇なときに一人でいたりすると、幻聴さんの命令ですぐ水道のほうに行ってしまいます。
そこで、みんなで幻聴さんに語りかけて、じょうずにお帰りいただくことを試しています。
さらに仲間の提案として、
「せっかく飲むなら、仲間とおいしいお茶を飲む」
「暇対策で仕事をする」
「塩分をとる」
「体重をはかる」
などを実験しているところです。
ウラチューがあいかわらず「働いていないぞー」「人の役に立ってないぞー」「立派な人間になれー」「真面目すぎるからおもしろいことをしろー」と自分には無理なことを言ってきますが、それには、「べてるで送迎のアシスタントの仕事をして、仲間の役に立っています」「今は仲間と楽しくやっています」とていねいに対応しています。
●役割を持つ
送迎アシスタントとして車の中で仕事をしている間は安心です。
アシスタントとして送迎者の専用携帯電話係として助手席に座り、仲間からの送迎の依頼に対応する練習をSSTでしています。
「もしもし、送迎アシスタントの佐藤です。フラワーハイツからニューべてるまでですね。少々お待ちください」
「松本さん(ドライバー)、今からフラワーハイツまでどれくらいで行けますか?」「はい、わかりました」
「〇〇さん、あと15分でお迎えに行けますのでお待ちください」
ポイントは、冗談も加えて言葉で仲間とつながるようにして自分も楽しむことです。
●水からアミノ系の飲み物に変えて水分のコントロールをする
1時間に100ミリリットルを目安にペットボトルにテープでしるしをつけて、自分もまわりも、どれぐらい水分を飲んでいるのか把握できるようにしています。
まとめ
水飲みがとまらないとき、仲間から「なんでそんなに飲むんだー」とか「飲んだらダメだ、死ぬぞ」と注意されても水飲みはおさまりませんでした。
研究の結果、ウラチューが言ってくる「もっと派手に生きろ!」という内容は自分が考えていることと同じでした。病気で自分は何もできないことは現実であり、自分に自信がなかったのです。
水飲みの症状はちょっとそのままそっと横に置いといて、仕事をすることを仲間と考え,「送迎のアシスタントが自分にとって一石二鳥」とあみ出したとき希望がわきました。
孤独だった自分ですが、仕事が仲間とのつながりを生み出し,人の役に立っている実感を持ったとき、仲間から感謝され自信がつきました。
このことを通して一番変わったのが幻聴さんでした。丁重なお願いをしたら、少し幻聴さんが黙ることを発見できたのもよかったです。
これからも「多飲水の研究」を通じて自分の希望を実現していきたいです。