「頭の緊張さん」とのつきあい方
吉野雅子
○はじめに
私は統合失調症を持っています。べてるの家がある浦河に来て七年目になりますが、今までは自分の考えていることがまわりの人や、テレビやラジオなどに伝わってしまう,いわゆる「サトラレ」に苦労してきました。
浦河に来てから当事者研究と出会い、自分のことを話すことや、仲間とコミュニケーションをとりながらサトラレの研究を続けてきました。「サトラレ」のメカニズムの研究では、私には、人とつながっていない孤立感や孤独感があり、自分の存在が、誰にも知られていないつらさから自分を助けるために,勝手に人のなかに自分がおじゃましてしまう現象が起きていることがわかりました。つまり、「サトラレ」という現象は、人に自分という存在を「サトラセ」ようとする自分の助け方だったことがわかりました。その第二弾が、今回の当事者研究で、最近はサトラレ以外にも緊張しやすい自分に苦労していたので、研究を始めました。
○苦労のプロフィール
私の自己病名は、「音楽系統合失調症 サトラレ緊張型フラットタイプ」です。
私は、人の話していることが音楽のように聞こえて意味が理解できず、固まってしまうことがときどきあります。常に頭が緊張してガチガチで締めつけられているように痛くなり、人前でコミュニケーションをとるときに,会話に自信が持てなくなってしり込みしてしまいます。
私は小さい頃からずっと活発にしゃべることもなく、ただ「うん。わかった」と友達についていって,静かに遊んでいることが多い子どもでした。
家族とは、物心ついた頃からコミュニケーションがとれず、そのことで親に否定されたこともあり、そのときはショックでした。また、だんだん父が遠い世界の人のように感じて親近感が持てず、妹ともけんかばかりで仲よくできず、母とも全然話せなくて,とてもさびしい思いをしていました。
中学校に入っても友達が少なく、学校では授業が聞けず机で休んでいることが続き、好きな科目以外の授業は先生の言っていることが全然頭に入らず,成績もあまりよくありませんでした。友達と話すときも友達の会話についていけず、「あ、これで友達ができないんだ」と感じました。
会話という唯一のコミュニケーションが、人の話を聞けないことで、「先天的な病いなのかな?」と思いましたが、いつかよくなるだろうと信じて生きてきました。
高校生になってからは,学校行事や受験勉強、部活などでいろんなスケジュールが重なり、多忙でこれでもかと活動して家に帰るとコミュニケーションが取れないので,どこにも疲れを吐き出せずにいました。
17歳のときです。家族とコミュニケーションがとれないことで、テレビのアナウンサーの話していることが全然頭に入ってこなくなり、私はもう人の話を聞けないんだと思いました。
人の話を聞けるようになれば、しゃべれるし友達もできて楽しい人生が待っていると思い、自分の思いを伝えようと必死に願っていたら,テレビやまわりと意識がつながった感覚に襲われ、怖くなり発病しました。驚いて親にそのことを話すと「何でそんなこと言うの?」と言われ、母のすすめで精神科に連れていってもらい、3か月間入院しました。
退院してから、地元の高校の通信科に入学して一年で単位を取り、そのまま短大に合格しました。二年のときにまた調子が悪くなり、同じ病院に一か月再入院し、回復して留年して三年生をやろうと思いましたが、もう少しで卒業というときにやめてしまいました。
その直後でした。父親の紹介でべてるの存在を知り、市内で行われた講演会に参加しました。そこに来ていたメンバーの松本寛さんが「勝手に治すな自分の病気」と言っていたのを聞いて、「なんかおもしろいな、ここに行きたいな」と思い、二〇〇三年七月に浦河に来ました。
今は、べてるで昆布作業や、カフェぶらぶらでウェイトレスの仕事をしたり、オリエンテーションチームを手伝ったりしながら自助グループの活動や当事者研究を続けています。
○研究の目的
人とコミュニケーションをとるときに、かなり緊張してしまい、怖くなったり不安になったりして人の話が聞けなくなるので、その苦労とのつきあい方や自分の助け方を探したいと思い、研究を始めました。
○研究の方法
仲間やスタッフに協力してもらいながら、自分に起きている苦労を仲間の前で話してSSTで練習したり、当事者研究のミーティングの場で皆とワイワイガヤガヤと研究しました。
○研究の内容
“緊張さん”の存在
私のなかには、いつも緊張してしまう自分がいます。その存在に「緊張さん」と名前をつけてみました。緊張さんは常に脳のなかにいて、一人でいるときや友達といるときに、話すことにつまって人と目を合わせられなくなったり、緊張で頭が締めつけられて痛くなります。だんだん耐えられなくなると下を向いたり、不安がつのってだんだん言葉が出なくなり、人の存在が怖くなります。それが強くなると仲間と一緒の場にいられなくなったり、仕事中に頭痛がつらくて帰ったり、休んだりしていま
した。
○「緊張さん」とのつきあい方を研究
そこで、仲間からアイディアをもらってみんなといるとき、仕事をしているとき、一人でいるときにやってくる「緊張さん」と会話をしたり、いろいろと対処を試みながら行動をしてみることにしました。
〈場面その1―皆のなかにいるとき〉
「緊張さん」がやってきたら、以前に研究した親指を立てる「サトラレサイン」を仲間に出して確認して、「緊張さん」が来ていることを素直に伝えるようにしました。
効果…「緊張さん」が来ていることを仲間に伝えると、すごすごと帰る仕草をしながら居座り続ける感覚があります。効果は、一時的なのですが、安心してまわりを信用できて「大丈夫だよ」と言ってもらうと、頭痛もやわらぎ,人とつながっている実感を得ることができました。
〈場面その2―一人でいるとき〉
夜一人でいるときに、いつも緊張さんが来て頭痛や不安になっていたので、緊張さんに向かって「緊張さんいつもご苦労さまです。今日もお疲れさまでした。お帰りください」というふうに丁重にお願いする練習をしました。これは、幻聴さんに対する対処方法で仲間がやっていることです。また、ヨガをやっている仲間がいて、身体を動かしたり、頭をマッサージしてもらうこともやってみました。
効果…まだ始めたばかりなので、たまにあまりにもつらすぎて忘れてできないときもありますが、今までは緊張さんにきびしい言葉がけしかできなかったので、ていねいに話しかけることで心のなかに少しゆとりができますが、効果は限定的でした。よかったのは、身体に働きかけることでした。マッサージをしてもらうと,とても楽になりました。
〈場面その3―カフェで働いているとき〉
カフェぶらで働いているときに頭痛が来たら、「今,私は緊張さんが来て緊張しているけど、一七時まで働きたいのでよろしくお願いします。大丈夫です」と胸に手をあてて言ってから、スタッフに手をつないで、しっかり自分の気持ちを伝えて仕事をするようにしました。
効果…スタッフとコミュニケーションをとることで、緊張していても困らないときもありました。その場にいることで居場所だと感じられ、だんだん落ち着いて働けるようになってきました。ときどき休むときもありますが、勤務に入ってしまうと、コミュニケーションを取りながら働いているうちに、気づいたら時間になっていることが増えました。
○研究の感想・まとめ
研究をしてみて、今までは自分のなかで見分けがつきにくかった「緊張さん」を自分から取り出してみることで、切り離して考えることができました。「私は緊張したくないんだ」ということ、苦労があっても「私は人と話をしたいんだ」ということをしっかりと受け止め、まわりにも伝えながら、これから先もまたどんどん研究を深めていきたいです。