千手観音幻聴さんとのつきあいの研究 ~幻聴さんパトロール隊の活動から~
橋本元広
僕はべてるに通いだしてから、今年で八年くらいになります。生まれは、襟裳岬で有名なえりも町です。べてるでは、昆布の仕事をし、仲間と一緒に共同住居で暮らしながら、「幻聴さんパトロール隊」(以下パト隊)の隊長をしています。パト隊とは、幻聴さんとのつきあいに困ったときに、相談や応援にかけつける仲間のチームをいいます。最近も、僕の暮らしている住居で、自分と同じような幻聴さんとのつきあいに苦労しているメンバーがいて、その人の応援をしています。この活動がきっかけとなり、自分もべてるの仲間と当事者研究を始めました。
そのことで、八月に開かれたべてるまつりのときに、幻覚妄想大会のグランプリをもらいました。今回はその報告をしたいと思います。
○ 苦労のプロフィール
僕の自己病名は、「統合失調症やる気がでない症候群」です。
僕は、普段からどちらかといえばパワーを温存するタイプで、何とかしなければと思うときにはやる気が出ますが、疲れてくると力がわかなくなり、それに伴って風邪をひいたり、お腹の調子を崩したりします。
また、家族や友達などまわりの人の声が幻聴となって聴こえてきて、幻聴さんが僕をたたいたりなぐったり、いじめてきます。すると、やる気が出なくなり弱ってきますが、そんな自分を幻聴さんがさらに追い立てるかのように、「あきらめるな!」、「しっかりしろ!」とけしかけてきます。そのおかげで、ますますパワーが出なくなって、やる気がなくなります。
僕は、えりも町で育ちました。七人家族の長男で、父親は地元の漁師です。高校を卒業してから、昆布や漁を手伝い、大工仕事などいろいろな仕事に挑戦しました。二七歳のときに父親が亡くなり、代わりに父の仕事を継ごうと思いましたが、その頃から、疲れてくると自分をいびったり脅したりする声が聞こえてくるようになりました。声の主は男女を問わず大人数で、しつこく自分をいじめたり、なぐったりしてきます。その頃は、それが幻聴だとはわかりませんでした。
母親のすすめで精神科を受診し、日赤病院に一〇か月入院しました。入院中にべてるの活動を知り、退院してからは町内の共同住居に仲間たちと住み始めました。退院後は、病院のデイケアを利用しながらべてるに通い、昆布商品の仕事をしています。
○ 研究の目的
以前は、大人数でなぐりかかってくる幻聴に戦いを挑んだこともありましたが、相手の力が強すぎて負けてしまいました。なんとかそんな幻聴と仲よくできないかと考えたのと、パト隊として、仲間の幻聴さんとのつきあいを一緒に研究をしました。
○ 研究の方法
ニューべてるで行われている当事者研究に参加し、メンバーに今の苦労を話して幻聴の苦労がある人を中心に、アイデアをもらいました。また、生活している住居で「幻聴さんパトロール隊」の隊員として活躍するなかで、相手も自分も助ける方法はないかと現場で仲間と実験をしました。
○ 研究の内容
「幻聴さんパトロール隊」
僕の住んでいる住居には、昔の職場の上司の声で「何もないところへ連れて行く」などと、執拗に攻め立ててくる幻聴がある男性メンバーがいます。毎日だいたい夕方六時を過ぎた頃になると、彼がその幻聴さんにジャックされて,「助けて!」と叫ぶ声が住居中に響き渡ります。
メンバースタッフや僕たち住居メンバー有志で「幻聴さんパトロール隊」を結成し、幻聴さんにジャックされている彼のところへかけつけて、声をかけて一緒にお茶を飲んだり、話をしたりして時間を過ごすということを続けています。僕の部屋に彼を呼んで、空気清浄機と音楽をつけてベッドに寝かせて、肩をポンポンとたたいてあげたりもします。
そうすると、彼自身が安心してゆっくり休むことができて、幻聴さんも小さくなって帰ってくれることがわかりました。彼にとっては、そうやって仲間にSOSを出して仲間に来てもらうことや、僕の部屋が「ほっとスポット」になっているようで、仲間みんなで応援することにしました。
○ 「千手観音幻聴」とのつきあい
~「友だち作戦」
僕には、疲れてくると追いつめるようになぐったりたたいたりしてくる幻聴さんがいます。その幻聴さんは、千手観音の手のように男の人も女の人も一緒になって、何十倍もの威力のある強烈なカウンターパンチを連続してくらわせてくるので、僕の方のダメージも相当なものになってしまいます。
パト隊の活動のためもあって、自分の部屋は常に空気をきれいにし掃除もして、音楽をかけるなどいつも快適に整えているのですが、幻聴さんはやってきます。
でもあるとき、千手観音幻聴がつらくなって、逆に上司の幻聴に苦労しているメンバーの部屋を訪ねたら、スマップの懐かしい曲が流れていたので、彼と一緒に鼻歌を口ずさみながら踊ってしまいました。そうすると、だんだん楽しい気分になってきて、気がついたら幻聴さんがいなくなっていました。
また、幻聴さんにいじめられているときに、昔の住居で一緒だった仲のよい友だちに電話をかけて話をすると、守られているような気がして、とても安心して千手観音幻聴もたたくのをやめてくれました。
○ 「戦う」より「かわす」へ
ときどき何人もの幻聴さんになぐられるのがつらくて、僕の方もなぐってやり返したり、うらんで復讐したいと思うこともあります。
当事者研究ミーティングで仲間に相談したところ、やり返すより、おヘソの下あたりに力をいれてドラゴンボールの「かめはめ波」の要領で「ハー!!」と押し返したりしてみたらどうかなど、といろいろアイデアをもらいました。
他の幻聴さんとのつきあいで苦労している仲間の先行研究では、悪口やいやなことをしつこく言ってくる幻聴には、「お帰りください」とていねいにお願いしたり、幻聴さんの好きな飲み物や食べ物を食べたりすると、幻聴さんも安心して帰ってくれるよ、と経験を教えてくれました。
僕も、幻聴さんのカウンターパンチがきたときには、左右のフットワークで軽くかわすことが多いのですが、「やり返す」ことより、戦わないで仲間に協力してもらったりして「かわす」方がよいことを発見して実践しています。仲間とのやりとりのなかで、この作戦は役に立つことがわかりました。
○ まとめ
住居に住むメンバーも僕も、今までは一人で幻聴さんとのつきあいをがんばっていましたが、当事者研究をはじめて、「幻聴さんパトロール隊」ができました。住居に住むメンバーは、今も幻聴さんの苦労をしていますが、少しずつ僕を含め「幻聴さんパトロール隊」の皆に相談できるようになってきました。
べてるまつりの「幻覚妄想大会」では、幻聴さんとのつきあいを評価されてグランプリを受賞しました。賞品にもらった「幻聴さんおもてなしセット」(幻聴さんクッション、幻聴さんテーブル、コップ、じゅうたん)をメンバーが、幻聴さんに襲われたときに一緒にお茶を飲んでくつろいでいました。
退院してから今はまだ少し元気がないのですが、近々べてるの旅行に皆と行くのでそれを楽しみにしています。これからもゆっくり仲間の応援をしながら、一緒に研究して活動していきたいです。