当事者研究 自己病名看護師

You are here:
< Back

1.発表者のプロフィール
中村 創(なかむら はじめ) 31歳 妻と2児(長女3歳、長男1歳)の4人暮らし
2000年、自転車の旅を通じて初めてべてる家を知る。それから毎月べてるの家に顔を出すようになる。2003年、浦河赤十字病院に看護師として入社。2007年、浦河赤十字病院を退職して、現在、民間精神科病院で看護師として働いている。

2.研究の動機
・看護師として働いてきた実感は、自分も立派な当事者であるということである。自分が働いているとき、患者さんと関わるとき、なにか釈然としないものを感じていた。それをずっと患者さんのせいにしていた自分がいた。でも患者さんが回復して退院していってもその「なにか」が消えることはなかった。そのうち患者さんと関わるときに看護師でいることが段々苦しくなってきて、それを解明したいという思いで研究を考え始めた。
・患者さんの中には向精神薬を多量に服用している方もおり、その中には入院期間が長い方もいる。「これだけ長い治療時間をかけて、しかもこれだけの薬が毎日服用されていながらなぜ状況が改善しない?」と当然疑問が浮かぶ。 これをただ単に患者の病気が重いから、と片付けることが出来なかった。そう断定できないにしても「医療者側に問題はないのか?」という仮説を立ててみると「問題ない。」という結論が導き出せない。そこで医療者の一員である自分の問題を考えることにした。

3.研究の目的
 看護師(カンゴシ)は病気であるということを立証すること。そしてその病気と苦労に対してどう付き合っていけばいいのか、いい付き合いができるとどういった副作用が起こるか、つまり患者さんとより親しくなれるのか、を明らかにし全国にいるはずの同じ病気を抱える仲間を増やし分かち合いたい。

4.研究の方法
・まずは自分の病気について知る→自己病名をつけ症状を見極める。
・自分の病気や症状がもとで病棟において迷惑をこうむっている人がいないか探る。
・迷惑をこうむっている人がいたら、その人にまず謝り、その時どんな気持がしていたのか聞き、自分もどういう気持ちだったのか思い出しながら話してみる。
・相手に本当はその時どうしてほしかったのか聞いてみる。
・症状を持ちながらどう患者さんと自分と付き合うのか検討する
・検討を踏まえた上で患者さんと実際関わってみる

5.研究の経過と内容
 シンゴさんとは、看護師→かんごし→カンゴシ→シンゴ というプロセスで命名された病気としての「カンゴシ」の症状の総称である。主に業務中の問題と思われる状況に直面した際の自動思考に用いる。シンゴさんが出現すると理想とする“看護師”の姿と結果があべこべになってしまうことが多いという特徴がある。
 シンゴさんに乗っ取られると、例えば腹痛で大声を上げている患者さんに対して不穏状態だからと鎮静剤を注射してしまうといった行動が見られる。シンゴさんの存在が明らかとなり私はまずシンゴさんの影響で実施してしまった行為の被害者になった患者さんに実際その行為を受けてどうだったか、という聞き込みを開始した。
その中にはいやだった事、逃げ出したかったこと、あるいは試しにこの医療行為と思われる行為を自分に行うことで自分をどうする気なのか確かめてやろうと思っていた人までいた。私は話を聞きながら無力感と悔いに包まれた。患者さんは皆病院によって我慢を強いられていた存在にさせられていたのである。しかもそれに耐えるだけの強さをみなが持っていたということに私は驚愕し、最後はその強さに救われた。
それを聞いたとたん私の口から「ごめん。いや申し訳なかったです。辛い思いをさせてしまって。」とつい言葉が出てきた。ある男性患者はにっこりと微笑み「いや、いいんだ。もう何年も精神病やってきてるんだから。慣れてる慣れてる。」と返してくれ、目頭が熱くなった。そのとき以来私と彼の関係が著しく変化した。私はそういった彼のような患者さんたちに日々赦され、成長の機会を与え続けられているのかもしれない。まず必要な事、それはまず入院患者さん含めた精神をわずらった経験のある全ての患者さんたちへの私たち医療者側からの謝罪ではないだろうか。

6.考察(研究を通して明らかになったこと)
・シンゴさんの影響を受けた看護は得てして強迫神経症の症状に類似した行動を伴いやすい。結果として投薬というアディクションを生みだしてしまう。
・そのことが著しい距離を患者さんとの間に作り援助が滞る関係を生み出してしまう。
・シンゴさんから影響を受けている行為と自覚する機会が少ないため「自分の行為は正しい行為。」と感じることが多い。この場合患者さんは問題でしかなくなっている。
・シンゴさんに気が付くとカンシさんという存在が自分の中に現れる。
・自分の苦労の先に見えてきたものが実は患者さんの生きづらさにつながっていた
・自分の病気を認めたとき、相手にそれを伝えたときそれまでの関係がまったく違ったものになっていた
・シンゴさん、カンシさんそれぞれがいての自分だった

7.まとめ、感想
 研究を進めると自分のことがわかるだけではなく、失われていたはずの人間関係を取り戻すことができていたように感じられ、研究を通して新たな人間関係が構築されたかもしれないことが考えられた。これを機会にぜひこの研究の輪をさらに広げていきたい。ここで思い出したいことは、そのことを気付かせてくれたのは他でもない、患者さんたちと私の中の“シンゴさん”であった。問題と思われていたこと、できれば捨ててしまいたいこと、なければいいと思っていたもののはずであった。結果的に “シンゴさん”がいての自分であったし、“シンゴさん”がいるから患者さんとそれまでよりもさらに笑顔で、また腹を割った話ができるようになったことが嬉しかった。今回の研究に感謝しつつこれからも深めていきたい。